日常を綴ってみたくなった:週刊(不定期)さゆりっぷ日記 2020.1.18

毎日楽しみにしているブログがある。
とある作家の日記ブログ。

その作家には、一時期ハマっていたのだが、何かのきっかけで、、いや、ビジネス書なるものを読み始めたタイミングだっただろう、そのときに離れてしまった。

Twitterで見つけてからは、日記が更新されると投稿されるので、それをとても楽しみにしている。
そして、あぁこんなに楽しみにされるような日記が書きたいと思ってしまった。

日記には、特別なことは無いけれども、なんでも無い日常がとても特別なもののように感じられて、終わりの無いドラマを観ている気分になる。
さすが、作家はすごい。

そういえば「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」という仏教用語がある。

この語は中国の唐未から五代にかけて活躍された大禅匠、雲門文偃うんもんぶんえん禅師の言葉です。
たぐい希な、鋭い機峰と、すぐれた禅的力量の持ち主であった禅師は、簡潔な語句を駆使して、自由闊達に禅を説きました。
日々是好日は雲門禅師の悟りの境地を表した、最高の言葉であります。
毎日いい日が続いてけっこうなことだ、などといった浅い意味ではありません。
一般に私達が、今日はよい日だ悪い日だという場合、天気だけでなく、お金が儲かった・損をした、よいことがあった・嫌なことがあったなど、そんなものさしで判断します。
しかし、これは優劣・損得・是非にとらわれた考え方です。
それではたとえ、ある日幸運が訪ずれても、その後に来る不運に脅えなければなりません。
日々是好日とは、そんなこだわり、とらわれをさっぱり捨て切って、その日一日をただありのままに生きる、清々しい境地です。たとえば、嵐の日であろうと、何か大切なものを失った日であろうと、ただひたすら、ありのままに生きれば、全てが好日こうにちなのです。
好日の好は好悪こうおの好ではありません。「嵐か、よし、嵐なにするものぞ!」、「失ってしまったか、よし、どうにかこれを改善しよう!」と、積極的に生きる決意 “よし” がこの “好” なのです。
禅では、過ぎてしまったことにいつまでもこだわったり、まだ来ぬ明日に期待したりしません。
目前の現実が喜びであろうと、悲しみであろうと、ただ今、この一瞬を精一杯に生きる。
その一瞬一瞬の積み重ねが一日となれば、それは今までにない、素晴らしい一日となるはずです。

引用:少林山達磨寺のサイトより

その作家の日々からは、海外で子どもを育てながら、つつましい暮らしが垣間見えてくる。

毎日の三度の食事を作り、仕事をして、趣味の時間も持つ。
特にこれと言った派手派手しさは無いが、自分の希望であった”海外で生活をする”という夢を叶えている。
なんというつつましくて贅沢な日常なのだろうと。

その作家のつつましくて贅沢な日常を垣間見ていたら、なぜだか自分も日常を綴ってみたくなったのだ。そこで「週刊(不定期)さゆりっぷ日記」をスタートしてみた。

倒れる前に飲んだ、金箔入りのカクテル

言っておくが、週刊だけど毎週決まった日に更新される訳ではなく不定期。
もしかしたら興が乗って毎日書くかもしれないし、週刊と言いながら月刊ペースかもしれない。
分からないので週刊(不定期)とする。

さて、一応この一週間を振り返ってみた。

先週末から金沢に4日間滞在。
事前にあそこに行こうとか、あれを食べたいとかいろいろと計画を立てていたのに、体調不良で金沢でダウンしてしまった。
まるっと36時間、部屋から一歩も出ず、アップルジュース・藻塩・ミネラルウォーターとで即席経口補水液を作って、それをチビチビと飲みながら、じっとうずくまって過ごした。
幸いホテルの部屋が広くて居心地が良かったので、過ごしやすかった。

金沢まで行って一歩も外に出ないで部屋の中で過ごすなど、なんて贅沢なんだ。

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