昨日は、月に2回のカウンセラートレーニングの日。
三輪 さんの死を知らされた日は、動揺してしまって、一体何が起こったのか分からず、いや、言葉としては分かっていたのだが、受け入れられず、真っ白になっていた。
翌日の昨日。
トレーニングの前にみんなで黙祷を捧げた時に「ああ、これは本当の本当に事実なんだ」とようやく受け入れた途端に、何かが壊れた様に涙が止まらなくなった。
涙と共に、
悔しさや
悲しさや
怒りや
寂しさ
いろんな感情が噴き出してしまい、噴き出した感情が涙に姿を変えたようだった。
黙祷が終わっても、トレーニングが始まっても涙を流し続けていたら、
本来ならばカウンセラー役だったところをクライアント役に代わってもらい、
新しいビリーフリセットのメソッドをやるはずが、先輩GLの提案で、急遽三輪さんとのエンプティチェアに切り替わった。
私の席と、三輪さんの席
二つの席を用意してもらい、今の自分が光の世界に行ってしまった三輪さんに言いたかったことを全部声に出して吐き出させてもらった。
私の席からは、
ほんとにバカだよ
なんで病院にさっさと行かなかったの
野菜も食べろって言ったのになんでちゃんと食べなかったの
人の世話ばかり焼いて自分の世話なんでしなかったの
人を助けてばかりいて、なんで助けてって言わなかったの
みんな心配してあれこれアドバイスしたのに、なんで言うことを聞かなかったの
辛いなら辛い、寂しいなら寂しい、苦しいなら苦しいってなんで言わなかったの
他にもたくさん言いたかったことを伝えた。
三輪さんの席に代わってみたら、
何となくだが、三輪さんの気持ちになんとなく触れた気がした。
『俺流なんだよこれが』
という感覚。
本当に不器用で、自分が本当にしたかったこと本当に言いたかったことは、そんなにたくさん現世では出来なかったのかもしれない。
出来ないと三輪さんを思わせる、家庭環境や負っている責任や持って生まれた本人の性格や、いろんなことが組み合わさって、本当に欲しかったものを欲しいと言いにくい人生だったのかもしれない。
けれど、世間ではそれはダメだとかセオリー通りでは無いと思われたとしても、自分の人生の『ここだけは俺流を通す』という頑固なところがあったね。
あまりにもビックリなお別れだけど、私は認め無いけど、三輪さんの『俺流』なんだね。
そんなメッセージを受け取ったセッションとなった。
分かったよ、三輪さん。
俺流なんだね。
三輪さんに出会ってから9年間、本当にありがとう。